源義経は何時の時代でも出世できません。
幼名は牛若丸として一部の歴女の皆様には今でも人気のキャラクターとしてその名を残す源義経ですけど、貴種流離譚と云いますか優れた才能を持って頑張ったのに何故か認められること無く疎外される悲劇のヒーローみたいなイメージが有りますけど、どうも違うような気がします。
一言で言うと組織の輪を乱したり指揮命令系統を無視して自分だけ結果的にしても目立とうとして活躍しちゃう人は疎外されて当然って事になります。
具体的に書きますとまず有名な一ノ谷の戦い、ここで義経は逆落しと後に呼ばれる断崖から敵の背後を急襲して勝利を収めるわけですけど、勝ったから良かったって訳じゃなくて、ここで義経は総指揮官から別の場所への配置を言い渡されておりまして、事もあろうに勝手に自分の配下の部下を二分して勝手に敵の背後に回ったわけじゃないですか。
例えばねとある営業マンが上司にこんな命令をされたとしましょうか?
大手はすっかり他社に市場を取られてしまっているから、お前は零細企業を回って小さな仕事をかき集めてこい。
ところが命令された営業マンはその場では何の反論もしないで、外に営業に出ると零細企業への営業活動を放棄して大手企業に対して果敢に営業活動を実施したところ、大きな商談を勝ち取ることが出来たとしましょう。
どうでしょうか?確かに上司の命令に背いたけれど大きな成果を上げたから帳消しにして褒めちゃいますか?
たぶん多くの場合において該当の営業マンは叱責の対象になるのでは無いでしょうか?
ですから一の谷の合戦において源義経がとった行動は特に武将(中間管理職)としては失格と言えますし、さらに言えば上司の命令に背いたやつとなりますよね?
更に壇ノ浦の合戦においても源義経は総大将として参加したのに、部下がいくら自分が先陣を切ると言ってもそれを退けて、自らが先陣を切ると言い張りその通り先頭を切って敵陣に飛び込んでいったといいます。
あのねぇ将棋に例えれば王将が真っ先に攻め上っていくような戦法ともいえない無謀な行動なのでありまして、王将を討ち取られたら負けなんですから何を考えていたのでしょうか?
つまり、部下の立場では上司の命令に逆らって組織の和や指示命令系統を乱すなよですし、指揮官になったんだったら勝てば総指揮官の手柄になるんだから、それ以外の部分は部下に花を持たせてやりなさいって事です。
今の会社組織の場合でしたら下っ端の営業マン時代は売上は上げてくるけど上司の命令に背いて独断専行だし、部下を持たせたらこれまた成果はちゃんと出してくるけど、俺が俺がと先頭を走って手柄は全部自分のものみたいな感じでしょうか?
これじゃ上司も部下もたまったもんじゃないのでは無いでしょうかね?
ですから現代社会の会社組織でも源義経はやっぱり疎外されちゃうと思うのです。
追伸
このコラムを書いていて何故だか次の一句が浮かんで着ちゃいました。
弁慶と小町は馬鹿だなぁ嬶(かかあ)