大学進学の意味と意義

今回もこの場をお借り致しまして勝手な考えを書こうと思っているのですが、何ですねこうも社会が二極化してくると言いますか、片や裕福層を形成する集団が居て、対極に年収300万にも満たない収入の労働者が居るフタコブラクダのような、収入別の階層社会になって参りますと、大学進学の意味が違ってくるように思うのですよね。

批判を承知に書きますと、大学に進学したかどうかで出身が裕福な家庭かどうかを判断の材料になってしまうって事が何だか心配になってしまうので有りまして、一億総中流と言われて時代でしたら、ほぼ80%の家庭が自分は中流だと思って居て事実、共働きをすればまあ何とか無理しても子供を大学に通わせる事が出来た時代がして、その頃は大学出って呼び方は、頭が良いとか勉強が出来るって意味合いだけで、家庭が裕福だってイメージは無かったのですよね。

所が最近では高校の授業料が払えなくて退学する生徒が随分と居るようですし、小中学校でも給食費の未払い問題などが増えているのでありまして、今後は大学卒業のステータス的な物が別の意味で上がってきて、価値が出てくるのかも知れませんが、まともな大学進学の意義について考えませんと、どこかの国の総理大臣のように、漢字もまともに読めないような学習院卒が権力を握ってしまう現代のような状況が普通になってしまうような気がするのです。

つまりその勉強が好きで学力が高い意欲有る学生が大学に進学するのでなく、裕福な家庭にたまたま生まれたような、勉強の出来ないような子供であっても何せ少子化で子供の数が減って大学経営も大変ですから、授業料さえちゃんと払えれば進学して、大学卒でございって感じで、世の中を闊歩して欲しく無いのですよね。

※なにせ世の中で一流大学と言われている大学の生徒が、余程暇なのか勉強する気がないのか、通信販売で購入した大麻を育てて大学構内で販売していたって輩が複数発覚して逮捕されちゃったりしているのですから、もう大学は勉強する所じゃないって言われても仕方が無いと思いますね。

追伸
2008年末より開始した世界大恐慌は、アメリカの一流大学を卒業したエリート達の脳内お花畑で描いた、証券化した債権とかマネーを物として扱って儲けようとしたゲームが破綻した結果でしか無いので有りまして、大学での金融工学で一体何を教えて居たのかといぶかってしまうので有りまして、そーゆー世界に迷惑をかけるような教育しか出来ない大学は閉鎖すべきでしょうね。