ゆとり教育とは

今回のコラムでは見直されてしまった、ゆとり教育について書こうと思いますが、まずゆとり教育とは?って所から書く必要が有ると思いますので、その事について書きますが、本当のところ、ゆとり教育は文部省(文部科学省)と日教組のエライ人が考え出した、授業時間を減らして教員の労働時間の短縮を図った施策で有りまして、ゆとり世代の子供達は授業時間が少ないわけですから、まあはっきり言って損している訳ですよね。

まあ表向きは、子供への過度の詰め込み教育を軽減してゆとりのある教育をしようって事にはなっていますが、今にして思えば授業時間を減らさないで、必須項目だけを少し減らす事にしておけば、子供達の基礎学力は上がったでしょうし、もしかしたら落ちこぼれが減って、凄い成果が上がったのかもしれませんが、本当の目的は授業時間を減らして、教職員の待遇改善ですから、成果が出てくるわけもなく、そもそも”ゆとり教育”の検証も充分成されておりませんので、何だか分からないうちに始まって、知らない間に終わっていたって感じでしょうね。

まあ四当五落(睡眠時間が4時間なら合格して5時間の睡眠時間では入学試験に落ちる)ってのは行き過ぎだとは思いますが、昭和39年生まれの結構競争が激しかった受験世代の私が思うに、別に自分の中学高校時代に耐えられないって思った事は一度もありませんし、当たり前のように(成績が悪かったにせよ)勉強机に向かっていましたので、ゆとり教育を導入する必要は無かったと思いますね。

だいたい日本は鉱物資源もエネルギーも輸入に頼るないない国家なのですから、国際的な競争に打ち勝って行くには、もう教育しか無いわけでして歴史を紐解くまでもなく、教育制度が整っていない国はおしなべて発展途上国ですし、先進国はすべて教育制度がしっかりしているのでありまして、日本バッシングから日本パッシングに移行してきた根本的な原因が、ゆとり教育有って、国力の低下が原因だって書いたら言い過ぎでしょうか?

例えば経済発展がしいインドでは、小学生が九九を覚えるのですが二桁同士のかけ算(56×71=とか)を覚えるのが当たり前のように行われて居ると聞いた事が有りますが、そーゆー教育を受けてきた子供が大人になった国と、漢字が読めない総理大臣が迷走する国とでは、最初から勝負が決まってしまって居るのでは無いでしょうか?

日本が今後も先進国の一員として国際社会に認められて居る為には、ゆとり教育なんて言っていてはいけないのですよね。