受験と暗記力

今回のコラムは受験と暗記力について思うところを書いて見ようと思いますが、多くの方が指摘しているようにどうしても日本の受験対策と言いますか、合否の分かれ目が暗記力の良し悪しに負うところが非常に大きくて、応用力が全く無くてもとにかく教科書と参考書に書いてある事を全て暗記できていれば、それなりの成績を確保出来て受験競争を勝ち抜いていけるのでありまして、まあ暗記力も一つの頭の良さの判断基準なのでしょうが、実社会における頭の良さの判断基準は決して暗記力の高さだけでは無いって事は皆さんがご存じの通りなのですよね。

※極端な話ですが小学生から中学、高校、大学受験まではとにかく記憶力向上だけを主眼としたトレーニングをすれば受験競争に勝ち抜いていけてしまうので有りまして、あまり創意工夫とか独特の発想とか人と違った考え方はむしろ受験勉強の邪魔をしてしまうのでありますね。

所がですね、学校ってのは社会に出る為のトレーニングの場なのでありまして、実際に社会に出てみますと記憶力の低下を補うツールってのは手帳に始まりまして、携帯電話や電子辞書など多種多様な製品が記憶力を補う助けをしてくれるのでありますが、人との競争に打ち勝っていくとか、新たな市場を開拓するとか近所とのトラブルを上手に解決するとか、生きていく為の知恵ってのは記憶力以外にも柔軟な発想とか突飛な考えとか色々必要じゃないですか?

まあ何と言いますか受験競争をひたすら記憶力だけで乗り切ってきて、公務員になるとか一流企業に就職が出来て定年退職まで平穏無事に暮らせればそれに越した事はないのだと思いますが、なにせ不確実性の時代の再来?と言いますか上場企業でさえ簡単に倒産してしまうような世の中になってしまいましたので、社会は別の能力を必要としているような気がするのですよね。

つまり答えは一個じゃなくて幾通りもの答えがあって、最初に記憶していても無駄って感じの現実がね。(しかも答えも正解も無いのが実際の社会なのですよね)

ただし誤解のないように書いておきますが記憶力ってのも本人の能力の一つで、記憶力が低いよりは高いほうが良い事も多いので有りますが、実は人間に能力の一つには忘れるって事も有るのでありまして、まあほぼ全ての人は忘れてしまいたいとか思い出したくもない過去の記憶を持っているのでありますが、忘れるって能力を持っているお陰で、何とか生きていられるってのも事実なので有りますよね。