受験勉強の意義

大人になって思うことの一つに子供の頃にもっと勉強しておけば良かったななんて事が有りますけど、社会人になりますと仕事上の事で覚えなくちゃいけない事とか勉強しなくてはいけない事が結構出てくるのでありまして、社会に出てから役にも立たない因数分解だとか連立方程式を覚えるのは無駄ではないかと思っていましたけど、あの受験勉強は社会人になってからちゃんと学習が出来るようにする練習のようなものだったんですね?

それに小学校時代には社会に出てから困らないような基本的な算数とか国語を習うわけですけど、中学受験はさておきまして高校受験などの節目が有ってふるい落とす仕組みがありませんと、たぶん勉強に身が入らない子供が続出致しまして、日本の子供の学力が低化して国力まで下がってしまいそうですからね。

やっぱり足腰でも脳味噌でも使わないと衰えますし、特に大人になるまでの成長期は頭の方を良く使って勉強しませんと、体が勝手に判断してこの持ち主はあまり頭脳を使わなくても構わなきようだから、適当に仕事をしていればいいやなんて判断してしまいまして、社会人になりまして受験勉強とは違う意味で頭をフル回転させませんと、社会の荒波を乗り切れない段階になって慌てて頭を使おうとしても、そうは簡単に人並みに動いてくれないのですよね。

その昔は教育ママなんて言葉も有りましたけど、やっぱり高度成長期を日本の発展のために頑張ってきた人には、子どもの時分にしっかり勉強しておかないと大人になってから苦労することが分かっていたから子供を勉強に駆り立てたので有りまして、その辺りがゆとり教育の導入を機会に変化してしまったような気も致しますね。

ただ問題なのは一般的に受験ってのは科目が限定されているのでありまして、もちろんそれは基本的に必要な科目だからだと判断されたからなのでしょうけど、子供時代の知識の吸収力が大人よりも数倍有る期間ですから、子供時代に専門性の高い人材育成をするって処にも光を当てても良いような気も致しますね。

それとまぁ高校受験にしても半分は記憶力勝負みたいなところが御座いまして、もちろん社会人になってからも記憶力はとっても大切なので有りますが、志望校に受かることだけを目的としてしまいますと、応用力の部分にまで手が廻らないのですよね。

しっかしまぁ子供時代にろくに勉強しなかった私が書くのもなんですが一番遊びたい盛りに受験勉強に追い立てられて、その反動なんでしょうか中年になってから遊びにはまってしまう大人も実に多いのが現実でも有るのですよね。