大相撲と八百長の事

某三流週刊誌の記事によって大相撲の八百長問題について色々言われておりますが、三流週刊誌とすれば八百長が有ろうと無かろうと、その事が騒がれて注目を浴びる事によって、雑誌の販売部数が伸びれば大成功なので有りまして、相撲協会も三流誌なんて相手にしなければ良いものを、わざわざ土俵からおりて相手をしてしまいましたので、ある意味三流週刊誌の作戦に引っかかってしまったのでありまして、相撲協会にはもう少し上手に立ち会いをして欲しかったですね?

そもそも、相撲は娯楽としての興行なのでありまして太古の昔には神様に奉納するのが相撲の起源だと言われて居ますし、スポーツなのか格闘技なのかも曖昧ですし、聞くところによると大相撲が国技として認定された事も無いらしく、したがって何処かに大相撲が国技で有るって明文化されてもいないそうでして、そーゆーものですから観客が楽しめるって事を第一に考えれば良いので有りまして、八百長かどうかを詮索するのは野暮ってものでは無いでしょうか?

八百長と言えば落語の世界でも語られていますが、その昔の大横綱”谷風”が親孝行の佐野山の為にわざと相撲で負けたって事が有ったそうですが、真実が明らかになっても当時の人たちは人情相撲だって事で美談として語られたと言いますから、当時の人々のほうがおおらかで優しい心を持っているような気がしますね。

まあ何と言いますか、相撲ファンはつまらない取り組み内容であれば観戦しないですし、手に汗握る取り組みであれば、例えそれが八百長であっても構わないと私は思うので有りまして、日本中にはこゆー考えになっている人も少なく無いと思うので有りまして、野暮な八百長騒動はさっさと終わって欲しいと思いますね。

この件につきましてもう少し書きますと、皆さんの存知の通り週刊誌を始めとする雑誌の発行部数は減少の一途なのでありまして、例の大相撲の八百長問題を取り上げた三流週刊誌も、何と言おうと結局は販売部数を伸ばす為に、人の迷惑顧みず相撲の取り組みをネタにしたので有りまして、まあ今後も発行部数は減少してやがて廃刊になる前の悪あがきって奴でしょうかね?

最近はエコロジーの観点からも、週刊誌とか新聞は膨大な紙とエネルギーを消費して作成されますが、多くの場合は一回読まれてその役割を終えて、廃棄されるか再度エネルギーを消費しながらリサイクルされるってのが現状ですから、いずれ消えゆく運命に有るのかもしれませんよね。