絶望を乗り越える

あのですね、絶望なんてものは人それぞれ閾値(しきいち)っていますか耐性って言いますか感じ方にもの凄く大きな差が有って、とある人にとっては鼻で笑って軽くやり過ごせる事柄であっても、人によってはもう絶望感で一杯になってしまいまして、中には人生サヨナラしちゃう人が出てしまうので有りまして、まぁ日本って国は世界に冠たる自殺大国らしいですから、余程国の仕組みに問題があるのか、個々の日本人に耐性が欠落しているのか、その両方なのかどうなのでしょうかね?

でね、誰かが言っていたと思いますけど絶望なんてものは自分の心が決める事なのでありまして、最愛の誰かを失ったとしても、持っている財産を全て失って借金だけが残ったとしても、まぁ未だ生きてるからチャンスはあるって考える事も出来るし、もう生きる望みを失ってしまう事も、ご本人の自由でありましてこの辺りの心の有りようの持って行き方ってのは、まあ個々の持って生まれた性格にもよるとは思いますけど、何となく後天的な過去の実体験とか生きてきた環境が、考え方の違いを生み出しているような気が致しますね。

さて話を今現在の日本国内に進めて行こうと思いますけど、政府や官僚は国民から吸い上げた税金で好き勝手し放題で、一部の大手企業は政治献金だけはしっかりやりますが、従業員の賃金を抑制する事には余念が無く、少し業績が下がるとさっさと人員を減らせるように、派遣社員や契約社員と言われる労働者に労働力をシフトしたりしているので有りますから、ちょっとした弾みで生活基盤が無くなってしまって絶望の淵に立ちかねない人が沢山出来ていて、下らない箱物行政とか天下り先の確保には余念がない官僚も、社会のセーフティネットの拡充には全く興味を示していないとしか思えないのでありますから、個々の個人が絶望に対する耐性を付けておきませんと、生きていけない社会になっているのが現実じゃ無いでしょうかね?

ですから、乱暴な書き方をしちゃいますと絶望に何てなってしまうだけ自分が損しちゃうだけですし、さっさと酒でも飲んで忘れてしまうなり、自分が取れる最善の行動を取るなりするのも良いと思いますし、まぁ絶望するだけ無駄って事に素早く気が付くべきじゃないかなって思いますね。

最後に少しだけ明るい話を書きますと絶望を乗り越えまして、大概の事でしたら鼻で笑ってやり過ごす事が出来るようになった人は、人生において相当逞しく生きていけるのでありまして、もし今現在、絶望の淵に立っている人ってのはそのチャンスを掴んだ人って事になりますよね。