3Dメガネの自作

私と同年代の方はその昔に3D映画ってのが一時期作られていて、たしか学研の学習雑誌の科学だかにも3Dメガネと写真が掲載されていたような記憶が有るのですが、当時の技術力ではたいしたことがなかったのか結構素早く廃れてしまったと思うのですが最近になりまして3D映画が強力にパワーアップして復活したようなのでありまして、今回のコラムではそんな事を書いてみようと思います。

まず肝心の3Dメガネなのですが私の覚えている限りにおいては赤い色と青い色のセロファンをメガネの左右のレンズの代わりに使っているだけの代物で、材料だけあれば幼稚園児でも作成可能なハズですけど、最近の3Dメガネは構造が違うのでしょうかね?

でね、思うのですけど情報を伝える手段として文字が生まれて書籍とかが出きて、やがて電波って物が使われるようになりましてラジオが出来たりレコードが出来たりして音声や音を伝えられるようになって、写真で画像を伝えることが出来るようになったりテレビや映画などの映像技術が発達してきて、そうとうリアルなものを伝えられるようになたと思ったら、ここにきて3D映像って事で更に映像が立体的になったって事なのですけど、どんどん人間が想像したり推測したりする余地が無くなったような気が致しますね。

こえはあちこちで言われていることですけど、声だけのラジオですとか文字情報だけの書籍の場合は自分に入ってくる情報と同じくらいに想像を働かせて、色々なことを頭の中に思い浮かべなければなりませんし、またそれが楽しいのですけど3Dの立体映像なんてものが目から入ってきて、ドルビーサラウンドか何か知りませんが立体的な音まで耳から入ってきましたら、想像を働かせる余地がとてもとても少なくなってきてしまうのでありまして、行間を読むとか表に出てこない意図を理解するって能力が低下してしまうのでは無いでしょうかね?

もちろん技術革新ですとか科学の進歩ってやつを否定するつもりは一切ないのですけど、なんとなくこのまま進んで言って何処まで行ってしまうのかなって気持はありますよね。

追伸
私最後に3D立体映像を見たのは東京ディズニーリゾートでキャプテンEOとかいうマイケルジャクソンの映像だったと思いますが、確かに当時の記憶では立体的に見える映像は大迫力で見ごたえがあったのですがあーゆー物はそれなりの環境で見るからありがたみがあるのでありまして、家庭まで入ってきてしまいますとありがたみが無くなってしまような気が致しますね。