成り上がりと経営者

成り上がりとは貧しい人や身分の低い人が・・あれ?日本ではとっくの昔に身分制度なんてものは無くなったいるのですけど、とにかくそーゆー人が成功して経済的に豊かなお金持ちや高い社会的な地位にたどり着いた状態を指すわけですが、どうもこの言葉には蔑みの意味が含まれていまして、とっても良くないと思いませんか?

たぶん日本中の過半数の創業社長は成り上がることを目的としてリスクを承知で自分の会社を旗揚げするのでありまして、努力とか才能とか頑張りによって成功した人はもっと社会的に認めるべきだと思うのですよね。

思うに代々の名家ですとか世襲制によって社長になった二代目社長や三代目社長は本人の努力や苦労もあるかもしれませんけど、何もない状態から成り上がってきた社長の苦労や才能に比べましたら霞んでしまうのでは無いでしょうか?

まぁよく成り上がりだとか成金って勝手にレッテルを貼って批判する人の中には、成り上がり社長は良い気になって高級外車を乗りましたり別荘を買ったり良い気になって贅沢をしてるなんて批判が有りますけど、はっきりっ言いますと最初から高い社会的な身分や経済力を持っている人は、元々が贅沢な暮らしをしている場合が多いですし何故に、成り上がった人だけが批判の対象になるのかよく分かりませんし、そもそも最初に書きましたとおりに創業社長の多くは成り上がって贅沢な暮らしを手にいれるために頑張るんですからね?

それにですね、成り上がり社長が何時まで経っても質素な生活を続けまして、蔵の中ならぬ銀行にお金を溜め込んでいましても世の中にお金が流通致しませんし、富の移動も消費税も発生しないので有りまして、個人的には成り上がった人はどんどん贅沢にお金を使ってくれた方が世のため人の為だと思いますからね。

でね、実際にはそんな事はないと思いますけど成り上がりって事に蔑視の意味が含まれているようでしたら、じゃぁ貧しい人が頑張って一旗あげて成金を目指してもちょっと贅沢な暮らしをしただけで批判されるのでしたら、成り上がろうって気持ちにはなりませんよね。

まぁ既に高い社会的な地位や経済力を持っている人が後から出てきた人を成金とか成り上がりって呼んで軽蔑するのはなんとなく理解できないでも無いのですけど、この言葉を平気で一般庶民と言われる階層の人達が使うのはどうも理解出来ませんし、もしかしたら未だに日本には身分制度が有って士農工商が定められているとでも思っているのでしょうかね?