肩書きの威力
日本人は肩書きに弱いなんて事を言われますが、まぁ確かに名前の通った企業の経営者と名もなき中小企業の平社員では、扱われ方とも発言力も段違いに違うのですけど、じゃぁ大企業の係長と零細企業の代表取締役社長ではどっちが格上かとか、微妙なところもありまして今回のコラムではそんな事について書いてみようと思います。
さてその肩書で他人を判断するって習性ですが、確かに初対面の相手を判断する材料ってのは容姿とか身なりとか、車に乗ってきたらどんな車を運転してきたかとか目に見える部分以外は所属している企業とその肩書き以外に無いわけですから、その人の肩書きをひとつの判断材料にするってのは間違ってはいないわけです。
しかしながら大手企業は別にいたしまして、肩書きや役職名のつけ方ってのは企業の自由裁量の範疇ですから、入社して半年しか経っていない大卒の新入社員に部長の肩書きを与えても何ら違法性はありませんし、エグゼブティブなんとかとか新しい肩書きを生み出しても全く問題が無いわけです。
ですから中小企業の中には外部の人と接触する営業マンは入社して半年も経過すれば、名刺には係長って言葉が刷り込まれますし、年齢に応じて給料には全く関係なしに課長とかが多数発生してしまうわけで、営業マンが10人在籍していて一人の部長が全員を管理している状態で課も係もなにも組織としては存在しないのに残りの9名は全員が課長か係長って事が発生してしまったりするのですよね。
まぁこれは外部の何も知らない人と名刺交換した際に少しは肩書きが威力を発揮するって事と併せまして、名刺をを持っている本人の自己満足を高めるって効果も高いのでありまして、俺って入社してまだ1年なのにもう係長になってしまったぜって、友達や家族にも自慢できちゃったり致しますからね。
ですから個人的には相手を判断する際には所属している企業はある程度の判断材料になりますが、肩書きはあまり重要視しないようにしているのでありまして、特に二十代と思しき相手がいきなり部長の肩書きで現れたり致しましたら、逆に怪しい会社ではないかと思ってしまうのでありまして、私のように思っている人は結構多いのでは無いでしょうかね?
聞くところに寄りますと大企業が大企業病の克服のためだかなんだかわかりませんけど、肩書きを少なくして組織のフラット化を進めるなんて試みを始めている企業も有るそうなので、肩書きにこだわるってのも多少は薄れてくるのでしょうかね?