社長の器と会社の規模は比例しない?

一般的に会社の規模ってのは社長の器に正比例すると思われていて、器イコール力量とも言いますが社長の器が小さいと企業を経営していても零細企業のままで終わるし、やっぱり大企業にまで成長するのは社長の器が大きいからだと思われていますけど、ある意味では正解ですが必ずしもその通りじゃないと最近思うようになってきました。

確かにね企業が成長していく要件の一番大きなものは社長の力量なんですけど、これに頼りすぎると言いますか社長が自分の力を過信し過ぎていますと、一定以上の規模になるとどうも全体にまで目が行き届かなくなるのか、力が及ばなくなって成長が止まってしまう例が多いのですけど、じゃぁもっと器(力量)が大きくなきゃ駄目なのかと云いますと、それは違いますね。

つまりそのいくら超人的な能力の持ち主であっても一日に持っている時間は24時間ですし人の千倍の力量を持つなんてことは無理ですから、一定以上の企業規模以上は自分の力量の限界を知ってそれを補うために他人を活用できる人が企業を成長させることが出来ると言えましょう。

これは多くのワンマン社長の君臨する中小企業を見れば直ぐに分かると思いますけど、全ての事柄は社長の決裁を必要としていて、もし社長が数日間会社を休んだら、その間は一切の決済も判断も会社として出来ないなんて中小企業は非常にい多いですけど、そんな企業が従業員数で数百人規模の会社に成長するなんてことは不可能だと思いませんか?

勿論ね過去に破綻した急成長企業の中には社長が権限の全てを握っていて社長の力量のみで成長してきた例も有りますけど、結局はどこかで躓いて破綻したり規模縮小に追い込まれているのでありまして、傍から見てカリスマ社長率いる企業が社長一人で会社を引っ張っているように見えても実は社長は対外的な宣伝マンでしか無くて、実務レベルでの会社運営は腹心の専務だとかその部下の部長連中が頑張っているってのが現実なんですね。

まぁ社長自身がやたらとメディアに露出したり、業界団体内での親睦にばかり力を入れているような企業が、実際にはお飾り社長になっているなんて場合は少なく有りませんけど、それは社長にとっては不幸なことかもしれませんけど会社にとってはある意味、安定成長のためにわるくない状態だと言えるのでは無いでしょうかね?

そんなわけでね起業して徐々に会社規模を大きくしていくのでしたら、どこかで自分の器の大きさを知ることも大切なのでありまして、それが出来ないから過信して失敗をして再起不能になったりするんですよね。