社長の夢と妄想の違いとブーメラン
そもそも私には夢と妄想の境界線なんてはっきりしていないのでありまして、本人は大きな夢を語っていると思っていても、回りにいる人が聞いたらそれは単なる妄想だなんて思われる事は良く有ることなんですよね。
さてよくね短期間に急成長しているベンチャー企業の社長なんかに、別に聞きたくもないのに他人に自分の夢を聞かせたがる人が居ますけど、それはね自分と社内の人間に語って聞かせるとか、経営理念に書き記すあたりまでは理解できるのですけど、それ以外にやたらとそれを触れ手間ある人ってのは私には理解できないのですよ。
と言いますかその手のやたらと夢なんだか妄想なのか知りませんけど世間一般にブラック企業だと思われている企業の経営者が世界一だのなんだのデカイ夢を語るのはいいけれど、そのおかげで働いている社員の待遇は最低でサービス残業当たり前みたいな事例が目についたりするわけですよ。
まぁ夢を追いかけて一年365日一日24時間働こうとワーカーホリックになろうとどうぞご自由になんですけど、それをね働いている社員に押し付けると言いますか、夢の実現の為だとか言い出して滅私奉公を強いるみたいな感じが実際にあるのでは無いでしょうか?
働いている社員にとっては社長の夢なんてのは所詮は他人の妄想に過ぎないわけですし、一応は夢の実現によって自分の生活が豊かになる可能性も有りますけど、それよりね馬車馬の如く毎日の労働に追い立てられて疲れ果ててしまう今の生活なんてのは望んでいないわけですし、その手の経営者ってのは口だけは従業員に感謝しているような事を言っていても、実際にはこれだけ会社が大きくなってのは俺の力量でって思っていて、私財を増やすほうを優先しちゃっている人が多いのでは無いかと思うのですよね。
更に踏み込んで書いてしまえば経営者の夢の実現のために社員の生活を犠牲にしているなんて場合も少なく無いと思いますし、その感じ方にもよると思いますけど、社員を薄給でこき使うために、それを隠す目的で壮大な夢やロマンを語っていると勘ぐられても仕方がない場合もあると思います。
でね、そんな妄想を振りまいているような経営者が君臨する企業ってのはちょっと経営が芳しくなくなってきますと、一気にブーメランが返ってくるかのごとく、一気に従業員の離反が始まって助けてくれる人は誰も居なかったって状況になりまして、もう経営再建は不可能になってしまうのです。
まぁそこまで極端じゃなくても普段から盛んに口にしていた夢が絶対実現不可能だと現実を知ってしまったら、誰もついてこなくなるのではないでしょうか?