猜疑心の使い方

経営者なら尚更ですが部下というものを持ってその行動や仕事に対する成果が自分の責任範囲になってきますと、人を信用して任せるだとか疑ってかかるだとか色々と考えることが増えてくるのでは無いでしょうか?

私の場合はずっと営業の仕事をしてきましたので基本的に部下は会社の外を出て上司の目が届かないところで仕事をして帰ってきますので、サボっているんじゃないかだとか、指示通りの動いているんだろうかだとか、疑い出したらきりが有りませんし、逆に信用しすぎてあとでしっぺ返しを食ってしまう場合も少なくないのです。

これは昔の人はよく言ったもので、上司が部下を見抜くには3年かかるけど、部下は上司を3日で見抜くなんて諺が有りますよね。

さて過ぎたるは及ばざるが如しじゃないですけど猜疑心ってのは全くゼロじゃやがてどこかで足を取られてしまいますし、猜疑心の塊みたいな感じに他人から思われてしまったら、それは孤独で寂しい人生を送ると思いきや結構これが特定の会社では出世したりするもんなんですね。

つまりですね猜疑心の強い人が部下を持ちますと、基本的には何事も疑ってかかりますし報告関係も細かく報告を求めたり疑問を感じたことは躊躇なく質問攻めにしちゃったりしますので、部下は気が抜けませんし簡単にサボったり出来ませんね。

もちろん上手な人はたまには部下を飲みに誘うですとかのフォローをしますし、信用できると判断した範疇に関しては全面的に信頼したりも致しますし、つまりスタートは猜疑心の強い感じでスタートして徐々に緩めていくって感じが社内で出世していく人のタイプじゃ無いでしょうか?

逆にですね始めて営業の責任者になった人がもう頭から部下を信頼してしまって、部下の方はどうもたがが緩むみたいな感じで売上も全然上がらないなんて感じですね。

でそこで初めて上司は部下の行動や営業活動に疑問を持って色々と調べてみると、まっとうに仕事に取り組んでいない部下がいることが判明するなんて場合も少なくないのです。

そこで初めて猜疑心も上司や責任者には必要だと気が付いても後の祭りで、巻き返しもそう簡単じゃないですし、そもそも部下を放任してしまって部署の成績をダウンさせたなんて事ですと、指導者失格の烙印が既に押されてしまったりするわけですよ。

ですからね少なくとも会社員として働いて部下を育成指導する立場になりましたら、スタートを強めの猜疑心で部下に接しまして状況によって徐々に緩めていく事がベストなんじゃ無いでしょうか?

しっかし朝日新聞の誤報が未だにくすぶって居ますけど、何事も疑ってみなくちゃいけない時代なのかもしれませんよね。